【BL同人】有・罪・判・決7Final 本文見本
翌日、出勤はしたものの、章彦は榊の家に帰る事をしぶった。勝輝が榊になにかするかもしれない、という危惧のためだ。
どうにか落ち着いていたのに、邦明にビデオを見せられて、その恐怖がまた戻って来たのだった。
「二階堂が俺をどうにかする気なら、俺、とっくに殺されてます!」
榊は言い切った。
章彦には言わなかったが、勝輝が殺意を向けるのは、章彦に手を出した男達だけだ。
つまりは、勝輝は、榊が章彦に何もしていない事を知っているのだろう。その事も、榊が章彦に向ける欲情を抑制できる理由の一つだった。
今、俺がいなくなったら、佐納さんは絶対に正常でいられない。
奢り、かもしれないが、そう思うのだ。
榊は章彦を愛していた。
それは、セックスより先に、章彦に、健常でいて欲しい、憧れの先輩でいて欲しい、その心が、強いのだ。
もう自分も章彦も、公判に立つ事は無いだろうが、弁護士や裁判官相手に丁々発止のやりとりをしていた章彦の姿が、榊の心の糧でもあった。
「二階堂が俺に手を出す事はありませんよ。大丈夫です」
榊がどれだけ章彦を守っていても、その隙を狙って襲って来た勝輝。勝輝は榊の存在など、なんの障害にもならないのだろう。だが、章彦がそうして襲われ続けた時は、今程榊が章彦に密着してはいなかった。今なら、どうだろうか。
章彦をなだめすかして、榊は自分の家に車で連れ帰った。章彦は帰宅しても落ち着かず、榊が夕食を作っている間も部屋の中をうろうろしてしまう。
確かに、今まで一緒にいてくれた榊に、勝輝が何かしたような様子は無かった。だからと言って、今後もそうだとは限らない。
そして、今自分がイライラしているのはその事だけではない事も、章彦は知っていた。
邦明は、優しかった。
だが、年齢が年齢だ。章彦が満足するまでは、してくれなかったのだ。
体が疼いてたまらない。
京都から帰って来た時も、榊がホテルに連れて行ってくれた。あの時、榊にせがみそうになったのを、寸前でこらえたのだ。
榊とだけは、そんな関係になりたくない。
彼の、誠実さを叩きつぶすような気がするから。
だがこれだけ一緒にいてくれる者と恋人関係になれたら、どれだけ楽しいだろう、とも思うのだ。
榊の事は好きだ。だが愛しているかと言われればわからない。
今まで章彦とセックスした男達の誰かを愛していたかと言われれば、ノーだ。勿論、ノーだ。
誰一人、章彦は愛してなどいない。松崎とて、許容しただけで、体が疼いただけで、『愛して』はいなかった。
榊は、彼らとはまったく違う。
同列になって欲しくない、と考えるのは、章彦のわがままだろうか。
自分の体の疼きより、章彦はそちらが大事に思えた。
だが、体は疼くのだ。
とても、抱かれたかった。
榊は料理をしながら、リビングやキッチンや廊下を歩き回る章彦を横目に眺めていた。
章彦がまた、変わった。
以前は、榊を勝輝の楯にするような素振りをした事があったのだ。『守って欲しい』からだろう事は榊も理解している。自分もそのつもりで章彦のそばにいたから、それになんら違和感を覚えなかった。
だが、今日。
章彦は「私がお前の家にい続けたら、お前があいつに狙われないか?」そう言って、榊の家に帰宅する事を拒んだのだ。
『楯』を自負していた榊は戸惑った。
章彦を守るために楯となって仁王立ちしているのに、後ろを振り返ったら誰もいませんでした。
そんな、空虚さを感じたのだ。
そして同時に、『章彦が自分の安全を考えてくれている』という事も、理解していた。
『楯』から『パートナー』に変わったのだろうか? それは奢り過ぎだろうか?
味噌汁の味見をしながら、榊は自分が笑っている事に気付いていた。
章彦が心配してうろうろしているのはわかっているけれど。
嬉しい。
その心が、隠せない。
章彦は無論、榊の体調を以前も心配はしてくれていた。だが今回のは、違う。嬉しい反面、しっかり章彦と話し合わないと、章彦は榊の腕の中からさえ、逃げてしまいそうだ。
また別の心配が出てきたな……と、榊は独りごちる。
「よっし、味噌汁完璧っ! 佐納さーん。食事そっちに持って行きまーす」
榊が元気良くリビングに声を掛けた。
章彦はその声に、ただでさえ綺麗なリビングテーブルをもう一度拭いた。自分も皿を運ぼうと方向転換した時、ぐぎっ、と足をひねってしまう。数日前に軽く捻挫していたのだ。普段ならこれぐらいなんともないのに、重なると、その衝撃は重たい。
咄嗟に近くの棚に手をついた。味噌汁を持って来た榊の目の前に、棚の上から何かが落ちる。
以前、章彦の目の前で、榊が棚の上に置いたビデオテープだった。慌てて榊が拾おうとしたが、何も持っていなかった章彦が取り上げ、しげしげとそれを眺める。
「流しのテープだと言っていたが、爪が折れているぞ。証言と事実が食い違っているな」
「公判じゃないんですから、詰問すんのやめて下さいよ。佐納さん。すいません、それ、趣味のビデオです」
「趣味のビデオ?」
「……エロビデオですよ」
「……どうしてそんなものをお前が持ってるんだ」
「マジで勘弁して下さい…………俺、彼女いないんすよ……」
まったく思い付かなかったらしい章彦はとたんに、真っ赤になって、ビデオを投げる勢いで榊に押しつけた。盆をテーブルに置いていた榊は、ぎりぎりそれを受け取って、また棚の上に置く。
「食事終わったら、俺が片づけますから」
榊はそう言ったが、食事のあと、章彦もその事を忘れていた。
章彦は夢を見た。
拘置所で勝輝が叫んでいる夢だ。
『売る気なんてなかった! 全部、マスターも燃やしたんだ! ガソリン掛けて燃やしたんだ! この世に有る筈なんて無い!!』
檻の中で騒ぐ猛獣のように、勝輝が叫んでいた。
拘置所の、面会室だ。
『あれだろ! あんたの部屋に二本ビデオ残して行ったんだ! それじゃないのか?』
『ライトウイナーズコーポレーション…………お前の作った会社のロゴが入っていた。『検事がオンナに変わるまで』と、タイトルも入っていた』
勝輝が、脱獄するきっかけになったやりとりではないか、と章彦は気に病んでいた。
あんな事を章彦が言わなければ、どうだっただろう。勝輝はおとなしく刑を受けたのではないだろうか?
勝輝の事を思い出すと、次から次へと関連の記憶が呼び出される。
ビデオについては榊も言っていた。
『二階堂勝輝が、ビデオを二巻部屋に残してきたと言っていたが、どうした?』
『証拠は全部消却しろ、と言われましたので。ビデオを検事長にお渡しして、あとは全部消却しました』
『全部? その他に何が?』
『…………電動のアダルトグッズとか……ロープとか……あと、消炎鎮痛剤とか』
そんな事を、榊は言っていた。
榊が邦明に渡したものを、邦明は処分していなかったのだ。
仕事が終わって、榊が駐車場に走った時、章彦は邦明に電話を掛けた。
「あのビデオは処分下さいましたか?」
邦明の返答が無かった。
「その一巻、だけですか?」
『ああ、他には無いと言っていた。榊君が、ビデオは一巻だけだと……』
章彦は、返事も礼もせずに電話を切る。
邦明はあのビデオを処分する気が無いのだ。
今後も誘われるのかと考えると、暗鬱な気持ちになった。
体は疼き続けている。ふとした時にイライラする。
もう一生こうなのだろうか。
榊を見るたびに、抱き着きたくなる。
そんな自分が、嫌だった。
土曜日の朝、章彦は京都に、榊は埼玉に帰る事になった。
京都のこの前のホテルまで榊が車で送ってくれ、榊は京都から新幹線に乗るために車で立ち去った。章彦はエントランスに向かって歩きながらそれを確認し、
ホテルの喫茶であたたかいスープを頼む。ゆっくり飲み終えたあと、章彦はタクシーで京都駅に向かった。そこから新大阪に帰り、タクシーで榊の自宅に帰る。
今日は、伺いません、と邦明に連絡をしていたのだ。この前の件があるので、雅子がどうのと邦明がぐずる事はなかった。ビデオを楯に取られるかと危惧していたが、それも無い。そこまで邦明も章彦を束縛するつもりはないのだろう。
章彦はリビングの棚の前に椅子を持って来て、上に置いてあったビデオテープを取り上げた。
それをデッキに差して再生する。
これが気になって、榊に嘘をついて外出したのだ。胸は痛んだが、どうしてもこのテープの中身が知りたかった。この家にいる時は常に榊が一緒なので確認のしようが無かったのだ。
再生ボタンを押すと、フローリングの床を映しているのだろうか明るい画面がややあってザーッと映像が乱れ、消えた。何度再生を押してもガチガチと音が出るだけで作動しない。ビデオを取り出そうとしても出てこなかった。
「えっ?」
章彦は、しばし、デッキの前で凍りついた。
何度取り出しボタンを押しても出て来ない。
以前こういう状態になった時は慌てて榊を呼んで見て貰った。テープが噛んでるから修理に出すしかないですね、と彼は言ったのだ。
「修理? この近所で、修理ができる所? 榊が帰って来るまでにっ? えっ? どこに?」
章彦は電話帳から電気屋を探し出し、その上から全部掛けた。自宅で即修理ができる、という所があったので来て貰う。
「ご自宅まで取りに伺うと、引受料掛かりますすけどよろしいでっか?」
「なんでもいい、余分に一万円払うから、今すぐ修理してくれ」
「っ! 五分で行きまっさっ!」
本当に電気屋は五分で来た。
「そこの角の電気屋ですねんっ! また御贔屓にたのんまっさ! あー、見事に噛んでもうてるなぁ。テープも切れてますやん。カビもあんねー」
無精髭の元気良い男が、どかどかと上がって来てテレビの前に陣取った。
「テープが切れた? 修理も頼めるのかな? テープも黴がつくものなのか?」
「いけまっせーっ! ちょっと時間掛かりますけどー。見てないテープは黴るんですわ。機械油ついとうさかいね」
「余分にもう一万円出すからっ、明日の朝までに頼むっ!」
「へいっしゃーっ! 予約入ってるけど、これ真っ先にやりまっさー。明日の朝、十時頃でえーでっか?」
東京発九時の新幹線に乗っても、その時間ならば榊は帰って来ない筈だ。章彦は無言で何度か頷いた。
■告白
榊は埼玉から帰って来て、京都で下りた。車を京都駅に置いていたからだ。
朝一番の新幹線で帰って来たのでまだ昼過ぎだった。章彦に電話をする。
「佐納さん、どこにいらっしゃいます? 俺、今京都にいるんですけれど」
『……家にいる』
「二時間ぐらいで帰りますんで」
『ああ……お前に、早くあいたい』
「なんかあったんですかっ? 二階堂が来たとか?」
『いや、彼の姿は見ていない。とにかく、帰って来てくれ』
榊は電話を肩に挟んだまま車に乗り込み、エンジンを掛け、家まで飛んで帰る。
『お前に早くあいたい』というのは凄い武器だ、と榊は心臓をドクドクさせながら、慎重にハンドルを切った。耳元で鼓動が鳴って、クラクションの音も聞こえない。
投げ込むように駐車場に車を入れ、ただいまですっ! と元気良くリビングに駆け込んだ榊が見たのは、テレビの前に座り込んでいる章彦だった。
その右手は、リモコンをデッキに向けて、今再生ボタンを押したのだろう、ビデオが表示された。
明るいフローリングの床が映されて、画面がゆらゆらと動く。
『おい、映ってんのか?』
テレビから元気の良い音声が聞こえた。
『大丈夫ですよ! 買い換えたんで、ちょっと操作が不慣れだっただけです。ばっちりですよ!』
カメラが前を向いたのだろう、そこに立っていた男が、画面に映る。
脱色した金髪で大柄の、少年。
二階堂勝輝だ。
『ハーイ、ここは、佐納章彦検事さんのご自宅でーす。勝輝君の、突然ご自宅ホウモーンッ! あっ、帰って来たっ!』
にっこにこしている勝輝と、章彦の部屋。
そう、最初に勝輝が章彦をレイプした、あの部屋だ。
章彦が、ビデオを停止させた。ザー……と白黒画面が流れ、もう一つのリモコンでテレビを消す。
章彦は、榊を振り返らなかった。
「なぜ、これをお前が所持している?」
榊も、リビングの入り口で入ろうとしたポーズのまま、硬直している。その頬を汗が伝い落ちた。
「彼が作った、製品版のものでもない。検事長が持ってらっしゃるのと、同じビデオだ。お前は、検事長に、ビデオは一巻だけだと、言ったのだよな?」
味方だと思っていた榊でさえ、『そう』だったのか!
やっと、商業誌で書いてた伏線が回収できました。
長かった……
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2012年12月30日発行有・罪・判・決7Final - 晶山嵐 同人サークル情報サイト 『GIREN-1』